7年に一度と20年に一度の信州
GWですが机に向かって忙しくしていたりします。連休中、予備校からの自宅課題がいくつか出されていて、明日から雨になりそうとのことなので今日、課題のうちの一つの風景スケッチに玉川上水へ行って来ました。いつも静物などなので珍しいです。良い季節だし、たまには外に出て視野を広げて描くことをさせようということなのかなと、思ったりしました。新緑の玉川上水はウォーキングやサイクリングにぴったりで、けっこうたくさんのグループが通ってゆきました。ときどきスケッチや写真を撮りに来ている人を見かける場所のせいか、描いていても通る人はあまり気にしないで通り過ぎてくれるので描きやすくて良いです。
今年の5月は長野の善光寺さんが7年に1度の御開帳なのと、うちの田舎の安曇野の穂高神社が20年に一度の御遷宮なのとが重なっていて、ぜひゆきたいと思っていたのですが、たぶん、ゆけられそうになく、とても残念です。穂高神社は安曇族の祖神、海運の神様をお祀りしているとのことです。安曇族は古代に九州の方から来た民族で、船で物資を運んだり貿易したりする海運業の民族だったと聞きました。だからその名残で山に囲まれた土地なのにお船祭りをしているそうです。最近知ったのですが、安曇族の出身は「漢倭奴国王」の金印が発見された九州の志賀島なのだそうで、穂高神社の本殿に敷き詰められた砂を御遷宮の際に新しくする儀式があるのだそうですが、その砂は志賀島から持ってきているものだということをはじめて知りました。里の宮は穂高にありますが、北アルプスの奥穂高岳の山頂に嶺宮があり、穂高岳の麓の上高地の明神池の入り口に奥宮があるそうです。穂高の里からはずいぶん離れています。日本の屋根と呼ばれる北アルプスの主峰の頂上に海運の神様をお祀りしているのは、そこからなら山の向こうの遠くの海を見れそうな感じがする場所だからなのかなと、想像してみたりしました。御祭神のお名前は「穂高見命(ほたかみのみこと)」というのですが音の響きからも高い場所を暗示しているようなちょっと関係ありそうなものに思えました。綿津見神(わたつみのかみ)の子なので天照大御神の甥になるみたいです。安曇という地名の近くには志賀という地名があることが多いということを何かで読んだことがあって、どんな意味なんだろうと、不思議に思ったりします。安曇野の北には志賀高原、滋賀県には安曇川、九州の志賀島に豪族の安曇氏、などとのこと。そういうことを知らない頃に訪れて以来、私は滋賀県が好きな場所の一つになっているのですが、DNAにも何か関係しているのかな、なんて、ちょっと思ったりもしました。でも、祖父の話では、うちの家は穂高が湖か何かの水の底にあった頃、水が引けて一番最初に降りてきて住んだということだったので、それが安曇族が九州から来た以前のことだったら、うちは安曇族ではなさそうってことになるし、(だって、祖母は平村の平家ですし、竹内の家は奈良の方から移り住んだ家らしいとのことなので)、なので、祖父の家は穂高が水の底にあったという古代のころから住んでいたことは確かみたいですが安曇族かどうかは聞いてみないとわからないってことかもです。
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